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仙台高等裁判所 昭和29年(ネ)69号 判決

控訴人(原告) 金沢時司

被控訴人(被告) 青森県知事

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。訴外青森県農地委員会が、原判決添附目録記載の山林につき昭和二十六年二月二十八日後潟村農地委員会のたてた買収計画に対する控訴人の訴願に対し同年八月九日した裁決中、右訴願を認容した部分を除きその余の部分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は、

控訴代理人において

「一、本件裁決はその対象たる本件買収山林の買収範囲を確定していない点において違法である。すなわち

(一)  本件裁決の主文には「昭和二十六年四月二十日訴願人の為した訴願は一部正当であるから字大科三一五の一部山林六反七畝二十二歩を買収計画より除外し、他の訴願は相立たない。」とあり、買収計画より除外する区域を明らかにしていない。のみならずその裁決事由を見てもその末尾に「但し、地区内西北部にある沢敷地及び四級傾斜地は農耕地には不適と思われるので字大科三一五の一部より山林六反七畝二十二歩は除外する。」とのみあつてやはり除外する区域の明確を欠いている。従つて買収範囲は特定しないことになる。

(二)  仮に右除外区域が明確であるとしても、本件買収計画は青森県東津軽郡後潟村大字左堰字大科三百十五番の一部についてなされたものであるが、その買収の対象である土地の範囲が明らかでないから、本件裁決が右除外区域を明確にしただけでは買収範囲は特定しないわけである。

二、また本件買収計画は反別三町六反七畝二十二歩について樹立したものであるが、公告、縦覧に供された本件買収計画書中には買収面積三町歩と記載されているから、結局本件買収計画は適法な公告及び縦覧の手続のなかつたものとして違法であり、従つてこれを支持した本件裁決もまた違法である。

三、なお本件山林は大阪山の裾にあり、且つ大阪山の背後一帯は連山であり、しかも分水嶺が近く連つている。従つて降雨の場合この分水嶺以北の雨水が低地である本件山林の方向に流れ落ちて来ることは明らかであり、本件山林はこの流水による水害防止に重要な役割をしている。右の点を従前主張の本件山林の存置が水害防止上も必要であることの理由に合せて主張する。」

と述べ、

被控訴代理人において「控訴人主張前記一の事実は本件裁決の違法原因を追加するもので、当審において新たに主張することを許されないものである。仮にそうでないとしても右主張は時機に後れてなされたもので、訴訟の完結を故意に遅延せしめるものであるから却下されるべきである。被控訴人の右異議が理由ないとすれば、控訴人主張前記一の事実を争う。同(一)の点につき、裁決は判決とは異りなんらその様式あるいは記載要件が法定されておらないから控訴人のいう買収範囲のごときは裁決全体の趣旨から明瞭であれば足りる。それなら本件裁決に控訴人主張のような除外事由の記載があれば買収除外範囲は明確にされているものというべきである。のみならず本件裁決にあたり買収機関において除外すべき範囲を控訴人に指示している。同(二)の点につき、本件買収計画書には、実測図面が添付してあり、これによつて買収範囲は明確である。控訴人主張前記二及び三の各事実も争う。」と述べた。(証拠省略)

理由

訴外後潟村農地委員会が控訴人所有の青森県東津軽郡後潟村大字左堰字大科三百十五番山林三町六反七畝二十二歩(本件山林)につき昭和二十六年二月二十八日旧自作農創設特別措置法第三十条第一項第一号による買収計画を樹立し、同年三月六日その旨を公告し、同日以降法定の期間関係書類を縦覧に供したこと、これに対し控訴人が同月二十三日同委員会に異議の申立をしたが、同年四月十四日棄却されたので、更に同月二十日青森県農地委員会に訴願したところ、同県農地委員会は同年八月九日控訴人主張のような裁決をし、同月十三日その裁決書を控訴人に送達したことは当事者間に争がない。

控訴人は本件買収計画は本件山林が開墾不適地であるのにこれを未墾地買収の対象とした点において、また本件山林が風水害の防止、公衆の保健あるいは風致維持のためその存置を必要とするのに同様これを未墾地買収の対象とした点において違法である旨主張するので案ずるに、この点について当裁判所は次の理由を附加するほか、原判決とその判断を同じくするので原判決の理由記載をここに引用する。

控訴人は本件山林の存置は附近の分水嶺から流れ落ちる雨水による水害を防止するためにも必要である旨主張するが、控訴人の全立証をもつてしても本件山林の伐採が直ちに降雨の際西側大阪山方面の高地よりの流水による洪水発生の具体的危険を招来するとは認め難い。仮にそのため多少低地へ流れる雨水の量がふえることがあるとしてもそれは程度の問題であつて当審における検証の結果から見て僅かな人為を施すことによつて防げるものと考えられる。従つて右主張は採用できない。

なお当審証人西館建敏、田中吉兵衛、秋谷二郎の各証言中本件山林は開墾には適さない趣旨の部分は前記判断と当審証人吉田茂久、三上兼四郎、新岡克己の各証言に照してたやすく措信できない。

他に以上認定を覆すに足る証拠はない。

次に控訴人は当審において本件裁決はその対象である買収山林の買収範囲を確定していない点において違法である旨(前記一の(一)、(二)の事実)主張し、これに対し被控訴人は右主張は本件裁決の違法原因の追加で当審において新たに主張することを許されないものである。そうでないとしても時機に後れてなされたもので、訴訟の完結を故意に遅延せしめるものである旨異議を述べるので、先ずこの点を案ずるに、仮りに異議、訴願において主張しなかつた違法原因であつても行政処分の適正を当事者の主張立証によつて最終的に維持確保しようとする行政訴訟の性格上時機に後れたものでない限りこれを訴訟において追加主張することは妨げないと解されるし、また右主張は提出の時機の点において疑問はあるが、これによつて訴訟の完結を遅延せしめるとは認められないから、被控訴人の右異議は理由がない。

よつて控訴人の右主張を前記一の(一)、(二)の事実の順に判断する。

控訴人主張前記一の(一)の事実について。当審証人佐藤輝房の証言により成立を認める乙第十六号証の一ないし三に同証言及び当審証人工藤千代衛の証言を綜合すれば、控訴人より本件訴願がなされたにつき、青森県農地委員会では同委員会の鹿内委員と同委員会嘱託佐藤輝房を本件山林の現地に派遣し、裁決のための実地調査をなさしめたが、その際本件買収計画による本件山林の買収範囲は買収計画の図面や現地の自然木による表示によつてはつきりしていたこと、右実地調査の結果右買収範囲の西北部六反七畝二十二歩を買収から除外することにしたが、その除外範囲は右佐藤が鹿内委員と共に実地を踏査のうえ検繩をもつて測量し、前記図面に基いて除外範囲を表示する図面(乙第十六号証の三)を作成したこと、右実地調査の際は地元村農地委員会の書記工藤千代衛が立会い右買収範囲の実地を指示したほか、本件山林の管理人金沢鶴松も控訴人の代理人として立会い右調査の結果を十分呑込んでいたこと及び前記乙第十六号証の三の図面は本件裁決書の原案に添附し同原案と共に右県農地委員会に保存されていることが認められ、以上認定を覆すに足る証拠はない。そして以上によれば右除外範囲は買収手続上客観的に明確であつたといわなければならないし、本件裁決の主文及び理由自体の表現は買収除外範囲の確定の仕方としては必しも正確とはいえないにしても、その範囲の見当はおおよそつくのであるから、買収土地の権利の変動を伴う確定的処分である買収処分の場合とは異り、行政機関に処分是正の機会を与えることを主眼とする訴願裁決の場合、前記の程度の範囲の確定(殊に買収手続上客観的に特定していることも含めて)があれば買収目的物の範囲の特定として足るものと解すべきである。従つてこの点の控訴人の主張は採用できない。

控訴人主張前記一の(二)の事実について。前掲証人工藤千代衛の証言により成立を認める乙第十四号証の一ないし十、第十五号証の二に同証言、当審証人矢野三郎(第一、二回)の証言を綜合すれば、地元後潟村農地委員会は本件買収計画樹立にあたり現地調査のためその書記工藤千代衛、土地調査士矢野三郎を本件山林の現場に遣り、前記金沢鶴松等同山林の関係者等の立会のもとに、同山林の未墾地としての買収範囲を検繩を使用して実測し、その実測図面(乙第十四号証の九)を作成せしめ、右調査実測に基いて本件買収計画を立て、右図面を同計画書の原本に添附し、これらを関係書類と共に縦覧に供したことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。以上によれば本件買収計画により定められた買収地字大科三百十五番山林三町六反七畝二十二歩の範囲は右買収計画において特定していたものといわなければならない。尤も被控訴人が本件買収計画の関係書類として提出した乙第二ないし第五号証には本件買収計画における買収面積が本件山林のうち三町歩であるような記載があるけれども、右乙号各証を前掲採用の各証拠及び乙第六、第七号証、第八号証の一、二、第十一号証、第十二号証の一、三、第十三号証と比較対照するならば、それらは本件裁決により前示のように六反七畝二十二歩が買収範囲から除外された後において裁決に従つて訂正作成された書類であつて縦覧に供された書類そのものではないと認めるのが相当であるから、右乙号各証の買収面積三町歩の記載は前記認定の妨げとなるものではない。また甲第四号証、乙第九、第十号証中の買収面積三町六反二畝十一歩の各記載も前記認定に照らし誤記と認められるので、右記載もこの点の反証とはならない。なおまた甲第三号証も以上認定を動すに足るものではない。従つて控訴人の右主張も採用できない。

次に控訴人は本件買収計画には適法な公告及び縦覧手続がなかつた旨主張するけれども、前記認定の事実に徴すれば前出乙第二ないし第五号証は本件買収計画における公告及び縦覧に供された買収関係書類自体ではなく、右公告、縦覧手続には買収範囲を三丁六反七畝二十二歩と確定した書類(乙第十四号証の一ないし十)が用いられたことが明らかであるから、本件買収計画にはこの点においても違法はなく、控訴人の右主張も採用に値しない。

果して以上のとおりであるとするなら本件裁決には控訴人の主張のような違法はなく、従つて青森県農業委員会の訴訟承継人である被控訴人に対しその取消を求める控訴人の本訴請求は失当として棄却すべきである。右と同趣旨の原判決は相当で、本件控訴はその理由がない。

よつて民事訴訟法第三百八十四条第九十五条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村木達夫 石井義彦 上野正秋)

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